2014年4月13日日曜日

【戒石銘】

 こんばんは。東城皐月です。今夜は、飲み会の後、1時間、ウォーキングをしました。これからお風呂に入って、寝ることにします。それでは皆様、おやすみなさい♥。明日もよろしくお願いしますね。今回は、戒石名についてお話しします。

 公務員の倫理を説いたものに有名な「戒石銘」というのが福島県二本松市の霞ケ城址にあります。ここは、江戸時代、二本松藩丹羽氏(10万700石)の居城でした。城の東側には、藩庁があり、藩士専用の通用門がありました。その通用門のあたりに長さ約8.5m、最大幅約5mの自然石に銘が刻まれたのが、いわゆる「戒石銘」といわれる大石です。

 五代藩主の丹羽高寛公が丹羽藩の儒学者、岩井田昨非の提言によって、藩士たちの戒めとするため、命令して建立したもので、典雅な書体で4句16字を刻んだものです。  この戒石銘には、次のことが書かれてあります。

     爾(なんじ)の俸 爾の禄は
     民の膏 民の脂なり
     下民は虐げ易きも
     上天は欺き難し

 つまり、「おまえたちの俸給は、民が脂汗して働いたたまものによって得ているものなのだ。したがって、おまえたちは、民に心から感謝し、いたわらなければならない。この気持ちを忘れて、弱い民を虐げるのはたやすいことかも知れないが、天が必ず見ているので、天罰が下ることになるぞ」というように解釈されています。

 この戒石銘が二本松藩の士風を奮い起こしたと言われており、明治戊申の戦役では、民を守るために、藩の子弟が、゛有名な二本松少年隊として、西軍と果敢に戦い、武士道に殉じるなどして、武士の亀鑑(模範)を示しました。

 この「戒石銘」は、昭和10年12月24日に、価値の高い教育資料として、また、行政の規範として、国史跡「旧二本松藩戒石銘碑」に指定され、この拓本は、公務員のあるべき姿として、当時の行政機関の壁などに掲げられました。いわぱ、「天網恢々疎にして漏らさず」ということわざにあるように、公務員は、このことをしっかりと胸に刻み、国民のための行政機関であることを常に自覚して行動しなければいけません。

 公務員の人は、国民のため、市民のためにしっかり働いてもらいたいものですね。行政サービスの向上と国の借金などの早期返済などを期待しています。